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「民主化を支えた創価学会の姿を国連は忘れない」明石康氏(元国連事務次長)

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日本人初の国連職員であり、国連事務次長を務めた明石康さん。池田先生とは、「国連平和賞」授与の式典など18度にわたり、平和への対話を重ねてきました。

カンボジア和平後の1992年、UNTAC事務総長特別代表として民主選挙の実現に尽力。その際、創価学会青年部は28万台余りのラジオを寄贈し、民主化を支えました。

池田先生との交流と平和への歩みを語ります。

池田先生との出会い

池田先生の実際の姿を見たのは池田先生が東京のどこかで講演をしてる時でしたね。私の友人の中に小説家の有吉佐和子さんがいて「一緒に講演を聴きに行こうではないか」ということを言われたんで、それがおそらく初めての私の経験だったと思います。

池田先生の有り余るエネルギー。それからいろいろなことをお考えになる想像力といいますか、ビジョン。それから弁舌の爽やかさ。それから無限のエネルギーでいろんなことをお書きになる。

これでもか これでもかというふうな形で。未来に向かって進む、そういうお力。
そういうことから先生と接する人が限りないエネルギーをもらうことができたと思います。

カンボジア民主化を支えた創価学会

カンボジアという20年間の間、戦乱の中に非常に惨めな状態に置かれた国がやっと選挙権を行使できる。そういう大変重要な機会だったわけですけれども。

きちんとした基礎教育を受けて文章を読める、書ける、そういう人たちが少ないわけです。新聞も読めない。せめてラジオ放送を聞けるかといえば、ラジオを持ってない。

国連が国連放送局をカンボジアに作って、民主選挙らしさを保ちながらやる場合にどうすればでき出来るか。

当時のブトロス=ガリ事務総長は私に言うんですよね。
「放送局をつくって、国連の民主主義をそれで民衆の人に理解してもらう。
明石、それができるのならば素晴らしい。残念ながら国連にはそういうお金もない、予算も組めない。どうすればいいんだ」

(そんな時に)創価学会という国際的な影響力をもった団体があって、古いラジオ機ですね、これを30万台近く集めてくれたんですよ。
これは大変な国連にとって大きなブースト(後押し)となったわけですね。

私は選挙の第1日目に、いくつかのカンボジアの投票所を回って視察したわけですけど、女の人たちは自分の持ってる一番美しい着物を着て投票所に現れてくれた。
関係者の中にはこれに感動しなかった人はいなかったと思います。

民主国家としてのカンボジアをつくる、その難しい作業に創価学会は国連を助ける大きなNGOとして頑張ってくれた。

そのことは国連の関係者は決して忘れないだろうと思います。