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【被爆証言】「原爆の子」として生きた80年 広島県 早志百合子さん

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昭和20年8月6日、国民学校3年生・9歳で原爆に遭った早志百合子さん。爆心地から1.6キロの土手町で、家族4人全員が奇跡的に生き延びた体験、比治山への壮絶な避難、そして母が遺した「原爆の絵」——卒寿を迎える早志さんが、当時の記憶を丁寧に語ります。

原爆投下直後の惨状、ABCC(原爆傷害調査委員会)での体験、岩波書店『原爆の子〜広島の少年少女のうったえ〜』への手記掲載とその後の人生。「明るく楽しく前向きに」を信条に歩んできた早志さんが、次の世代に伝えたい平和への願いとは。

この記事の取り組みは、以下の目標に寄与することを目指しています

●目標4. 質の高い教育をみんなに
すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し生涯学習の機会を促進する

●ターゲット4.7
2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。