母娘で語る震災証言【後編】「ふるさと閖上のために」(宮城県名取市・閖上)

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東日本大震災から11年。宮城県仙台市の南に隣接する名取市。

なかでも名取川の河口部周辺に位置している閖上(ゆりあげ)地区は、甚大な津波被害がありました。
被災した大宮理香さん・愛梨さん親子が当時の様子を振り返りながら、ふるさとである閖上の復興に向けて、共に歩んできた体験を語ります。

  

▼前編はこちら

https://www.sokagakkai.jp/picks/2040088.html

  

※本記事は、2022年1月30日に開催された創価学会東北青年部主催のオンライン証言会の映像内容を記事にしたものです。

<左:娘の愛梨さん、右:母の理香さん>
<左:娘の愛梨さん、右:母の理香さん>

町を襲った9mを超える大津波

(以下母・理香さんの証言)
あの日は息子の幼稚園の卒園式でした。式の全てが終了した40分後に、震度6強の巨大地震が名取市閖上を襲い、揺れは3分以上続きました。

揺れが収まってから息子と車で自宅に戻ると、外に主人が立っていました。

主人をそのまま車に乗せ、娘のいる小学校へ向かいました。

津波到達予想時間を30分過ぎた頃です。校庭の奥の方から、真っ黒で一直線の壁が生活音をのみ込み、こちらに迫ってくるのが見えました。

それを見た瞬間、誰も悲鳴一つ上げる余裕なく、校舎の階段を一気に駆け上がりました。

9mを超える大津波は、地震から1時間6分後に町を襲い、海から約2㎞離れた小学校にも到達したのです。その日から生活は一変しました。

<閖上小学校(名取市/東日本大震災アーカイブ宮城)>
<閖上小学校(名取市/東日本大震災アーカイブ宮城)>

大切な人との別れ

そこからの2年間は、満開に咲く桜の色も、大好きなコーヒーの香りも感じられませんでした。

また 大切な友人も、津波で亡くしました。後から分かりましたが、その日彼女は身寄りのない(介護施設の)利用者さんを避難所に送り届けて、また閖上へ戻っていってしまったのです。

その無念さは筆舌に尽くせぬものでした。

じっとしていると絶望感に押しつぶされそうで、何かを始めなければ平静を保つことはできませんでした。

そうした背景もあり、地域活動やボランティア活動に積極的に関わるようになりました。

語り部として――同じ悲劇を繰り返させない

わが家が住む閖上地域は、江戸時代・伊達(仙台)藩の時代に「閖」の字が地名として特別に作られた歴史を持つ地元意識の強い所です。

震災から10年前に自宅を建て移り住みましたが、地域の人たちからすると、まだまだよそ者。

でも、そんな私だからこそ、遠慮なく地域の課題や問題点について声を上げられるのではないかと思い、小・中学校やまちづくりの推進協議会などで積極的に意見を伝え続けました。

また 2013年からは友人と震災の語り部の会を立ち上げました。

  

災害をなくすことはできませんが、同じ悲劇を繰り返させないため、そして在りし日の閖上を後世に伝え残すために、約7年間にわたり活動してきました。

  

そうした活動を通して、地域や周囲の人々の表情に少しずつ笑顔が戻ってくるのに比例して、心に空いた穴を少しずつ埋めることができました。

6回の引っ越し、子どもたちは段ボールを勉強机に

大人の私ですら、そんな状況の中を無我夢中でやり過ごしていた日々でした。まだ12歳の愛梨にとっては、大人が感じる以上につらく、不安な日々だったと思います。

そんな中でも愛梨は、自分の進むべき道を模索していたのだと思うと、胸が締め付けられる思いです。

制服もなく学校は仮校舎。勉強道具もままならない。

2019年に自宅を再建するまでに、仮設住宅など6回の引っ越しがあり、子どもたちは段ボールを
勉強机にして宿題に励む日々。

そんな当たり前のことが当たり前にできない中で、本当に苦労を掛けたと思います。

未曾有の大震災で、たくさんのつらいことや大きな壁、試練に直面しましたが人間的に成長することができました。

そして一番多感な時期に、関西創価高校・創価大学と最高の環境で生活できたことで、多くの仲間と感謝の心という最高の財産を得ることができたと思います。

昨年3月、10年越しに愛梨の夢がかないました。
それは小学校の卒業式で着る予定だったはかまを創価大学の卒業式でようやく着ることができました。

  

  

10年越しで喜びが胸いっぱいに広がり、母親としても感無量でした。

過去は変えられなくても、過去の意味は変えることができる

東日本大震災という未曾有の大災害を経験する中で学んだことがあります。

それは 過去に起きた出来事を変えることはできないけれど、この信心で今いる場所で立ち上がれば、未来は変えていくことができる。

そして過去に起きた出来事の意味を変えることもできるということです。

大切な友を失い、住み慣れた町や家も失いましたが、同志や池田先生の励ましを糧に前進してきた10年10カ月は、わが家にとって信心を深める時間でもありました。

どんな状況にも負けない強さを手に入れることができました。

私たちには、どんな時も支えてくれる仲間がいます。

<支部のみなさんと>
<支部のみなさんと>

  

そして、いつでも励まし、正しい生き方を示してくださる師匠・池田先生がいます。

これからも、ますます元気に楽しく同志の皆さまと共に、今いる場所で使命を果たし、幸福の連帯を大きく拡大していきます。

本日は大変にありがとうございました。

この記事の取り組みは、以下の目標に寄与することを目指しています

●目標4. 質の高い教育をみんなに
すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し生涯学習の機会を促進する

●ターゲット4.7
2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、全ての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。