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カンボジアで幹部会を開催

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池田先生の訪問65周年を記念

  

シェムリアップ市内で行われたカンボジアSGIの記念幹部会の参加者。同市内には、世界的な文化遺産のアンコール・ワットがあり、1961年に池田先生が訪れている


池田大作先生の訪問65周年を祝うカンボジアSGI(創価学会インタナショナル)の幹部会が2026年2月8日、シェムリアップ市内で開かれた。

同市は65年前に先生の足跡が刻まれた地域。各地のリーダーがこの“原点の地”で一堂に会し、師弟共戦の心で広布に進むことを誓い合った。

池田先生が同国を訪れたのは、1961年2月11日。第3代会長就任後、初めて迎える恩師・戸田城聖先生の誕生日でもあった。

かつて戸田先生は、青年たちを前に訴えた。「どうしても、東洋の広宣流布をしなくてはならないのである。もしも、私が東洋の広宣流布を成就できずに終わったならば、君たちが私の遺志を継いで、この大聖人の御遺命を達成せよ」

この恩師の遺志を胸に池田先生は61年1月、初のアジア歴訪へ出発。香港、セイロン(現・スリランカ)、インド、ビルマ(現・ミャンマー)、タイを巡り、最後の訪問地カンボジアに降り立ったのである。

“いつの日か、必ず、燦々たる幸福の陽光をもって、アジアの民を包んでまいります”――池田先生は胸中の恩師に誓いつつ、まだメンバーのいない同国の大地に妙法をしみ込ませる思いで、移動中も祈り続けた。

  

記念幹部会では小説『新・人間革命』などを皆で研さんした


最初の支部が結成されたのは5年後の66年。国外から移り住んだ会員らによって、妙法の灯がともされた。

70年に同国ではクーデターが勃発し、30年近くに及ぶ戦乱の時代に突入する。人々は住む家、愛する故郷を追われた。虐殺、病気、飢餓などで、200万人ともいわれる尊い命が失われた。

「カンボジアと聞くと、沸騰する思いが全身を焼く」――池田先生は後年、その悲劇への思いを記している。

一日も早い内戦終結を願い続けた先生は75年4月、北京に亡命中のシアヌーク殿下と会見し、カンボジアの和平を巡り語り合った。

内戦後初となる93年の総選挙実施に際して、学会青年部は28万台の中古ラジオを集めて国連に寄贈。民主的な選挙の推進に貢献した。

苦難の歳月を経て、95年に同地の人々に御本尊が授与されるようになる。国情が安定し始めた2000年にSGIの組織が法人の認可を受け、その2年後に待望の会館が首都プノンペンに誕生した。

今、同国の同志は青年を中心に広布に躍動する。SGI発足50周年の昨年は“50人の友との対話”運動を展開し、全土で約7000人に仏縁を拡大。スン・サッチャー男子部長、ダン・カニタ女子部長がリーダー率先の弘教を実らせた。

  

青年部の指揮で学会歌「21世紀のマーチ」を声高らかに


「センセイと共に躍動し続けよう!」とのテーマを掲げた今回の幹部会は、各支部によるパフォーマンスで幕を開けた。
 
先生のアジア広布旅をまとめた記念映像を視聴し、小説『新・人間革命』を研さん。こまやかな励ましが広布の基盤を支える根幹であることを学んだ。
 
最後に青年部の代表が学会歌「21世紀のマーチ」を合唱。すがすがしい歌声を響かせ、広布即平和のさらなる前進へ出発した。
 
ウラタ理事長は力を込める。「本年、『1人が1人につながろう!』キャンペーンをスタートしました。一人一人が自身の目標を明確にし、対話拡大の勢いをさらに加速させ、カンボジアに幸福の連帯を広げていきます!」

  

カンボジアで展開する「一人が一人につながろう」キャンペーンの取り組みを推進しゆく決意を固め合った