阪神・淡路大震災29年 北陸の被災地に思い寄せて

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兵庫・大阪でルネサンス勤行会

  

兵庫池田文化会館で行われた勤行会。阪神・淡路大震災とともに、能登半島地震の全犠牲者の冥福を祈念した。鹿児島・指宿(いぶすき)の友から送られた菜の花が会場を彩った

  

阪神・淡路大震災から29年となる2024年1月17日、「阪神ルネサンスの日」勤行会が、神戸市の兵庫池田文化会館と大阪市の関西池田記念会館で行われ、震災で犠牲になった全ての方々に追善の祈りをささげた。
また、能登半島地震の犠牲者への追善回向と一日も早い復興を懇ろに祈念した。

兵庫池田文化会館では、岡田副会長、大野木総兵庫女性部長のあいさつに続き、山内関西長が「苦難と戦う北陸の被災地の同志に希望を届けられるよう、共戦の絆で励ましのスクラムを広げていこう」と語った。

関西池田記念会館では、森川副会長、直里関西女性部長、熊谷総大阪長、松原同女性部長があいさつした。

29年前の同じ時期、寒さの厳しい避難生活を経験した友にとって、能登半島地震の被災者の苦難は、決して人ごととは思えない。

神戸市長田区に住む中村さんは29年前、地区部長を務めていた。愛する地域は、地震による火災で壊滅的な被害を受けた。
「大切な同志との別れを余儀なくされた、あの大震災の悲しみを忘れることはありません。それでも私たちは、池田先生に教わった不屈の信心で乗り越えることができました。能登の被災地の状況に今、深く胸を痛めています。一日も早く日常が戻るよう、真剣に祈っていきます」

森さんは当時、神戸市東灘区で営んでいた理容店の店鋪兼自宅が被災。廃業せざるをえなかった。
「一瞬で生活が変わり、先の見えない不安が募る中、各地で助け合う人たちの姿を見て、前を向く力をもらいました。今は婦人会の副会長や震災の語り部として地域に貢献しています。能登の皆さんに、今がどれほど苦しくても、絶対に道は開けると伝えたいです。辛抱は続くと思いますが、どうか希望を忘れないでください」