池田先生の初訪中50周年 創価学会代表訪中団が決定

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招聘元の「中国人民対外友好協会」の楊会長を原田会長が歓迎

  

  

香港の羅湖(らこ)駅から、深圳(しんせん)へ歩いて向かう池田先生。中国への第一歩をしるした(1974年5月30日)

  

2024年は池田大作先生の初訪中、周恩来総理との会見から50周年。この歴史的節目を記念し、2024年前半、「創価学会代表訪中団」が派遣される。中国人民対外友好協会、中日友好協会の招へいによる。
 
招へい元である中国人民対外友好協会の楊万明会長、袁敏道副会長ら一行が2024年4月11日、東京・信濃町の総本部を訪れ、原田会長らが学会本部別館で歓迎した。
 
池田先生の初訪中は1974年5月30日。滞在中、李先念副総理をはじめ要人と会見しただけでなく、北京や上海など各地で市民や子どもたちの中に分け入り、自らの行動で「民衆交流こそ友好の基盤」との信念を示していった。周総理は療養中のため、この訪中での会見はならなかったが、同年12月の第2次訪中で、一期一会の出会いを果たした。

  

原田会長と会見する楊会長

原田会長との会見で楊会長は、池田先生は中日友好の先駆者、開拓者であり、両国関係の正常化にかけがえのない重要な力となったと述べ、逝去に改めて哀悼の意を表した。
 
さらに、先生が提唱した“中日友好の「金の橋」”の「金」の一字には、友好の揺るぎない堅牢性、代々に継がれゆく持久性、アジアの平和と発展を照らす光り輝くものであることを願われた真情が込められていると思う、と強調。両国関係の改善・発展にとって重要な時期の今、未来へ友好の「金の橋」を架けるために青年交流の強化が必要であり、学会の訪中団を大歓迎したいと述べた。
 
今回の訪中団は、先生の信念と行動を継承する意味から20代、30代の青年世代を中心に構成。北京、天津等での交流計画が進んでいる。
 
原田会長は、招へいに深謝しつつ、「日中友好を永遠不変に」という師の遺志を継ぎ、実りある交流となるよう全力で取り組みたいと応じた。また語らいでは、好評の民音主催の中国雑技団公演をはじめ、文化交流の重要性が話題になった。
 
会見には、同協会の朱丹文化交流部主任、中日友好協会の張孝萍副秘書長、中国大使館の聶佳政治部参事官、学会の寺崎副会長、橋口副女性部長らが同席した。

  

中国人民対外友好協会の楊万明会長(左から5人目)一行を、原田会長らが温かく歓迎。会見では、万代の友好を築く民間交流の重要性などについて語り合った(学会本部別館で)