能登半島地震発生から2週間 女性部のリーダーが石川の穴水町と珠洲市へ

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変毒為薬を誓う 冬は必ず春となる

  

能登半島地震発生から、2024年1月15日で2週間。雪が降るなど、いてつく寒さの中、被災地では懸命な救援・復旧活動が続いている。

  

石川・穴水町内の避難所で、鍜治さん(左から2人目)らの話に耳を傾ける石川総県の野畠女性部長(同5人目)と石川牧口県の竹森女性部長(右端)

  

一行が森さん(左端)の自宅を訪問し激励。森さんは、家の瓦が落ちる危険を感じながらも自宅で片付けなどを続けている(石川・穴水町内で)

  

石川総県の野畠女性部長、石川牧口県の竹森女性部長ら一行は12日、石川県穴水町を訪れた。
 
鍜治さん夫妻は、自宅で被災した。家の中の物が横から上から、雨が降るように次々と落ちてきたという。座談会の会場として使用したこともある自宅は損壊。今は、同志と共に近くの中学校で避難生活を送っている。
 
夫妻は昭和30年代に入会。信心根本に経済苦や病気を乗り越え、地域広布に尽くしてきた。紀子さんは語る。「お金もないところから、信心のおかげで願ったことは全部かなえられる境涯になりました。今回の試練も必ず変毒為薬します」
 
森さんは自宅で家族と電話中に、地震に襲われた。
 
仕事で外出していた夫の敬宏さんは、道路が封鎖されて戻れず、地震から3日ほど会えなかった。携帯電話の通信状況が悪くて連絡も取りにくく、孤独感が募る日々。森さんは「同志と会えただけで、ほっとした」と語る。
 
野畠女性部長は「体調はいかがですか」等と声をかけながら、友の話にじっくり耳を傾け、激励した。

  

高橋北陸女性部長㊥と能登圏の端女性部長㊧が、小寺さんに「よく頑張ってこられましたね」と温かな声をかける(石川・珠洲市内で)

  

真心の激励に前進を誓う瀬戸谷さん(左から3人目)と夫(左端)、長女(左から2人目、石川・珠洲市内で)

  

高橋北陸女性部長と能登圏の端女性部長は12日、石川県の珠洲市へ。自宅や避難所などを訪れ、丁寧に友の話を聞きながら、一人一人の手を固く握りしめて励ました。
 
「穴水町まで買い物に行っていた時に地震に遭ったんです」と、発災当時の模様を振り返る小寺さん。道路が寸断されたため、途中で車を乗り捨て、夜道をスマートフォンのライトで照らしながら、娘と必死の思いで歩いて帰宅した。
 
その後、小寺さんは避難所に身を寄せた。娘は、ヘリコプターで搬送された金沢市内の病院で透析の治療を受けている。
 
「胸の内の思いを聞いてもらって、すっきりしました。“冬は必ず春となる”と信じて、一歩ずつ前に進んでいきます」
 
60年以上、美容師としてハサミを握ってきた瀬戸谷さん。家の中は崩れ落ちた壁や、倒れた家財などで足の踏み場もなく、家族と共に近くの中学校に避難した。
 
「断水が続く状況の中、この地で生活を続けていくことは難しいです……」と、涙ながらに語る。
 
そんな瀬戸谷さんの心に寄り添うように、高橋女性部長が「世界中の同志が題目を送ってくれています。負けずに一緒に立ち上がりましょう」と力強い激励の言葉をかけた。